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東京地方裁判所 昭和23年(シ)416号 決定

申立人 大嶋儀一郎

相手方 山本耕造

主文

本件申立を棄却する。

理由

第一、本件申立の要旨

昭和二十年五月二十五日当時申立人は相手方からその所有に属する東京都中央区宝町二丁目六番地四所在木造トタン葺二階二戸建家屋一棟の内の向つて左側の一戸建坪十坪二階十坪及び木造トタン葺二階建家屋一棟建坪九坪二階九坪を賃料一ケ月前者につき金二十五円後者につき金二十二円いずれも毎月末日払いの約定で賃借していたところ、同日これらの家屋はすべて戦災により焼失した。これら罹災家屋の敷地十九坪(以下本件土地という)もまた相手方の所有するところであつたので、申立人は昭和二十一年十二月末頃到達の書面で相手方に対し家を建てたいから本件土地を賃借したい旨申出でたところ、これに対し相手方はこの申出の日から三週間の法定期間内に拒絶して来なかつた。そこで相手方はこの期間満了の時右申出を承諾したものとみなされ、申立人は本件土地につき相当な借地条件で建物所有の目的、期間十年の賃借権を取得した。ところが相手方はこれを争い借地条件について協議が調わないから、申立人は右賃借権の存在の確認と借地条件の決定とを求めるため本件申立に及んだ。

第二、当裁判所の判断

昭和二十年五月二十五日当時申立人かその主張の建物をその主張のような約定で賃借していたこと及び同日右建物が戦災により焼失したことがいずれも認められるとしても(この点についての判断はしばらく措く)、申立人が相手方に対し本件土地賃借申出をなしたと主張する昭和二十一年十二月末頃相手方が本件土地の所有者であつたことを認めるに足る証拠は存しない。証人望月寿夫(第一、二回)及び相手方本人の各供述によると、つぎのような事実が認められる。

本件土地及びその地上に存した建物は相手方の妻山本照の先夫にあたる亡石井藤兵衛の所有に属していたが、昭和三年二月十三日同人が死亡しその長男彌太郎において家督相続により右土地、建物の所有権を承継取得したところ、同人も昭和十年十月二日死亡しその母たる山本照(当時は石井照という)がその家督相続をなし右土地、建物の所有権を承継取得した。ところが照は山本家の戸主たる相手方と婚姻をなし相手方の家に入ることとなつたため、昭和十六年七月七日隠居し、照の亡夫である前記藤兵衛の母たる石井起くにおいてその家督相続をした上、同月十九日照と相手方とは婚姻した。この隠居に際し照は確定日附ある証書によつてその財産を留保する手続をとらなかつた。昭和十九年四月中起くは単身戸主のまゝ死亡し、その家督相続人の選定がなされなければならなかつたのであるが、右選定が行はれぬうちに所謂新民法の施行をみ、現在に及んでいる。起くの死亡当時その長女山本寿ゞ(昭和十一年に死亡)の長男である相手方、次男である望月寿夫及び長女である山口智慧子の三名のみか生存し、その他の親族は全くなかつた。かように認められるのであるが、この認定事実からみると、本件土地を所有するものは山本照である(隠居者の財産留保は家督相続人との合意の下に為された時は確定日附ある証書によつてなされなくとも少なくとも当事者間においては効力あるものと解するのを相当とする。)が又は相手方、望月寿夫及び山口智慧子の三名である(民法附則第二十五条第二項本文の規定に従い右三名が共同相続により本件土地を共有し、各自その三分の一づゝの持分を有するに至つた)と考えられる。そのいずれであるかは本件記録にあらわれた資料だけからは確定し難いが(また、本件においてはこれを確定する必要も存しない)、前者の場合相手方が本件土地所有者でないことは明かであるから、相手方に対する本件土地賃借申出かその効力を生じ得ないことは多言を要しないし、また相手方が本件土地共有者のうちの一人にかぞえられる後者の場合においても、以下に述べる理由により、申立人主張の本件土地賃借申出は無効であると解される。共有者は各自共有物について所有権と性質を同じくする独立の持分を有しているのであつて、共有物を処分又は変更するには共有者全員の同意を必要とし、共有物に変更に至らない限度の管理については各共有者の持分の価格に従いその過半数を以て決せられるべきである。

ところで罹災都市借地借家臨時処理法においては賃借申出人の申出とこれに対する土地所有者の承諾又はその擬制とにより賃貸借契約が締結される結果賃借権が設定される仕組となつているが、もし共有者中の一部の者だけに対する賃借申出により共有地全部に賃借権が設定され得るものとすれば、それは、賃借申出を受けた一部共有者の承諾又はその擬制のみにより、換言すれば、賃借申出を受けなかつた他の共有者の意思にかゝはりなく、共有者全員の負担となるべき賃借権の設定されることを認容することとなり、右にのべた共有の本質に相反する結果となる(共有地にあらたに賃借権を設定することは共有物の保存行為ではなく、これをこえるものである。共有地についての賃借申出を拒絶することは共有物の保存行為であり、各共有者が単独にこの拒絶をなし得ることは明かであるが、このことから共有者の一部の者に対してのみなされた共有地についての賃借申出もその効力を生ずるとなすことはできない。何故ならば、こゝで考えられなければならないのは、賃借申出によつて賃借権が設定され得るか、即ち申出を受けた者がこの申出を承諾し得る若くは承諾したものとみなされ得るものか、ということであつて、賃借申出を受けた者が賃借権の設定を否定し得るか、即ちその申出を有効に拒絶し得るかということだけにとどまらないからである。)。従つて、少なくとも、本件のように、賃借申出を受けた相手方が本件土地につきその三分の一の持分を有するにすぎない場合には、この申出により本件土地全部について賃借権が設定され得るものとは解し得ず、結局右賃借申出はその効力を生ずる由もないといわさるを得ない。

従つて申立人主張の賃借申出が有効であることを前提とする本件申立はすでにこの点において理由がないから、爾余の諸点を判断するまでもなく、これを失当として棄却しなければならない。

よつて主文のとおり決定した。

(裁判官 萩原直三)

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